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神父様と教会からのメッセージ

諸聖人の祝日を前に

2008年10月25日   
東京教区司祭 油 谷 弘 幸   

私の印象では、今年は取りわけて、ある時期から、突然、オレンジと黒のハロウィン色が街にあふれ出したように思えるのです。この数年、ちらほらとその兆しはありました。この季節に、ハロウィンの文字と共に、ポツン、ポツンと目に付いてきました。それが、今年は、どっと溢れ出したかのようです。オレンジ色のカボチャのシルエットや魔女の帽子やガウンが店頭に飾られ、仮装イベントの案内などもどっと巷に溢れています。映画の世界や遠い異国の風習くらいに珍しがっていたのが、今年は、日本の日常の風景に当たり前のような彩りを添えているのです。

街の量販店、ショッピングモール、いたるところにハロウィンの装飾、グッズが展示されています。時には、お化けや魔女の扮装をしたオレンジと黒の子供たちの一群が、ぞろぞろと路上に繰り出していることもあります。妖精の格好をしたお姉さんやお兄さんが引率しています。ハロウィンのツアーです。少し遅れて親たちがついて行きます。

私が現在暮らしている地域が特殊で、そのような印象なのか、ともかく、私の周辺はこのごろ、街中こぞってハロウィンを盛り立てようという気運に満ちています。商業べ一スの「売らんかな」という精神で、「よし盛りたてるぞ」と一致団結しているような気勢を感じます。不景気の砌、こういう形で消費者の購買意欲を掻き立てようという狙いがあるのでしょう。世間の二一ズからというより、企業やお店の側が仕掛けているのでしょう。けっして日本で一般の人々にハロウィンの風習が馴染んだというのではないでしょう。こうした売り手の側の思惑は、果たして、消費者側に浸透して、今後本当の盛り上がりとなるものか、季節の風物として今後定着していくものか、先のことはわかりません。

商業主義的な意図が明白なところに鼻白む人もいるでしょう。クリスマスもしかり、バレンタインデーもしかり、所詮、商業べ一スの戦略じゃないか、と眉をひそめるむきもあろうかと思います。
しかし、キリスト教という立場から見てみると、ある季節、たとえ商業べ一スであろうとも、日本杜会がともかくキリスト教の行事に彩られているのです。

秋にかけて、黒とオレンジのハロウィン色、年末にかけて赤と白のクリスマス色、そして年末年始の日本的なお正月の色を越えて、続いて純白のバレンタイン色、このつながりがキリスト教の行事に根ざしていることを思うと、ちょっとハッとさせられます。

先日、キリスト教と関係のない友人から「ハロウィンってキリスト教の行事なの?」 と質問されて、私は知ったかぶりで「アメリカの風習でね、多分、アメリカ古来の異教の祭りがキリスト教に取り入れられたものだと思う」くらいに説明をしたのですが、その後、インターネットで調べてみて、自分の不明を恥じました。

ハロウィンとは、昔、諸聖人の祝日のことを「All Hallows」と言い、その前の晩(eve)なので、Halloweenと呼ぱれるようになったそうです。

ハロウィンの発祥のきっかけはグレゴリオT世教皇にまでさかのぼります。大グレゴリオと称せられる教皇様です。彼はアウグスティヌスをイングランドに派遺、ケルトの人々の宣教のために、その方々の風習を大事にしようとしました。

ケルトの人々は、年末を10月31日と考え、その日には霊界の死者や魔女やお化けがこの世に出てくると信じていました。そのため仮装をして魔よけをしたのです。この夜、子供たちは魔女やお化けの扮装をして、近くの家々を回ります。「お菓子をくれないとイタズラをするぞ」といって回ります。家々ではお菓子を用意して渡します。子供はこうやってせしめたお菓子を持ち寄ってハロウィンパーティーをするのです。

また祖先の霊を弔うため墓地で夜ロウソクを灯す習慣がありました。夜の闇の中でロウソクの光が沢山揺らぎます。それが、やがて、大きなカブをくりぬいて、その中にロウソクを入れて灯すようになりました。ジャック・オー・ランタン(お化けカブ) というそうです。イングランドの方では今でもこの習慣が残っているそうです。やがてアメリカに移民で来た人々がくりぬきやすいカボチャを使うようになりました。収穫祭の時期、日照が短く暗黒がせまるという時期ということも影響して、ケルトの人々の間でこのような風習が生まれ、やがて、キリスト教の伝統の中に組み入れられたのです。

これは7世紀の初めからあるわけです。このように考えると、例えそれが商業べ一スで設定されたイベントであろうとも、そこに付随するキリスト教的なメッセージについて、私達はもう少し敏感であっても良いのではないかと思うのです。

長いキリスト教の伝統の中で保持されてきたハロウィンの風習の中に、一体どのようなキリスト教的なメッセージが取り込まれきたのか、また、それは現代杜会に対してどのような意義をもっているのか。たとえ商業戦略の一環であっても、それがキリスト教の伝統から出たものであるならば、そこにキリスト教的な意義をしっかりと付け加えて、ちょうど人形に魂を入れるように、商業べ一スのイベントを超えて、より意義深いイベントに盛り立てていくことができるのは、誰でもない、キリスト教の信者、まさに私たちをおいて他にはないのではありませんか。

いかがでしょう、子供だましのお祭り騒ぎだ、と一蹴する前に、童心に帰り、子供と一緒にハロウィンのイベントを楽しみ、商業べ一スのドンチャン騒ぎにちょっと付き合つてみて、そこにハロウィンの伝統がもっているキリスト教のメッセージを見出し、何らかの形で指し示すことができるなら、それなりにハロウィンが大きな意味を持ってくるのではないでしょうか。

秋の夜長の、ハロウィンの提灯にロウソクを灯しながら、そんなことを考えてみるのも一興かもしれません。

※このページのクリップアートは、いのちのことば社「教会用クリップアート集U」を使用しています。

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