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神父様と教会からのメッセージ

ベツレヘム : それは「パンの家」

カトリック御殿場教会 マリオ・ビアンキン 神父   

主の祈りには次のようにあります。「私たちの日用の糧を、今日私たちにお与えください」(参考 マタイ、6,11) でも、本当は「私たちの日用のパンを…」と書かれています。つまり、体の命を支える食べ物として、そのパンのありがたさを知った上で、その食べ物は、心の命を支える食べ物、すなわち‘糧’という意味であることがわかるのです。

神様が人間となられたのもそういうことです。本当の人間としてお生まれになったおかげで、私たちには見えない神様の味と、そのありがたさを知ることができたのです!その名前はイエス、そのお母様はマリア、その町はベツレヘム、その時は、皇帝アウグストウスの時代…などと、福音の章に詳しく書き記されているのです。信仰宣言にもある通りです!

そうであるなら、お生まれになった町の名前は「ベツレヘム」であったことも偶然ではなかったでしょう。その名前の意味はヘブライ語の「パンの家」(Bethlehem)であるからです。日本の国はお米の文化であるように、イエス様がお生まれになった国は小麦の文化で、命を支える食べ物はパンです! それから、イエス様ご自身はこう言われたのです。「私は命のパンである!」(参考 ヨハネ6,35)と。

そうすると、キリスト信者である私たちには、「パン」の話は、もっとも興味があるはずなのです。また、その「パンの家」すなわち、「ベツレヘム」という名前に惹かれるのです。「私は、天から下ってきた、まことの命のパンである!(ヨハネ6,51)と、言われたイエス様が、そこでお生まれになったからです。その方を私たちは‘キリスト’(救い主、すなわち、人間の願いと、神様の約束を、全部満たしてくださるお方)として、宣言するからこそ「キリスト信者」と言われるのです。また、キリストの体として、「ご聖体」と言われる、あのパンを食べるときに、私たちは、信仰宣言の確信を得、キリストの救いを味わい、キリストの救いを表すのです。

ミサには、いつも、その最後の晩餐の夜と同じように、イエス様ご自身が‘パン’を取り、感謝を捧げ、割って、弟子に与えて仰せになります。「これを取って、食べなさい。これは、あなた方のために、渡される私の体である」と、また、「これを私の記念として行いなさい」と。

同じく、ミサの時に、パンとぶどう酒と共に、私たちの「毎日」を表す他の贈り物も祭壇へ持ち、司祭の手に委ねて、心をひとつにして捧げるたびに、私たちも、あのキリストのお言葉を信じて、共にその晩さんをあらためて行うのです。また、それによって、キリストの愛の業に加えられ、キリストと共に、永遠の命に満ちた「新しい創造」となるのです。

それから、「キリストとされた」私たちは皆、全人類も、宇宙も等しく地上のベツレヘムにたとえられ、「パンの家」となり、神様の住まい、その神殿になるのです!

新しい年の初めにあたって、このベツレヘムのすみかが、世界のすみかとなるように、御一緒に祈りましょう。

※このページのクリップアートは、いのちのことば社「教会用クリップアート集U」を使用しています。

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